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福岡高等裁判所 昭和50年(ネ)397号 判決 1980年10月08日

一審原告

福岡県魚市場株式会社

右代表者

伊藤藤夫

右訴訟代理人

山本彦助

外二名

一審被告

小林喜利

右訴訟代理人

鶴田哲朗

主文

一審原告の控訴を棄却する。

一審被告の控訴にもとづき原判決中

一審被告敗訴部分を取消す。

一審原告の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも一審原告の負担とする。

事実

一  一審原告は、「原判決を左のとおり変更する。一審被告は一審原告に対し金一億四〇二万五一三五円とこれに対する昭和四〇年五月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。一審被告の一審原告に対する控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも一審被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、一審被告は主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

(当審における一審原告の主張)

かりに、名目のいかんを問わず、現実に取締役に支給された金額が株主総会で決議された年間役員報酬額を超えない限り会社は損害を蒙らないとしても、昭和三一年度から昭和三七年度の間に現実に取締役報酬として支出された金額で年間役員報酬限度額を超過した累計額は金二二六二万七〇〇〇円となり、これが一審原告会社の蒙つた実損金となる。

(当審における一審被告の主張)

一  訴外大徳水産株式会社に対する本件手形振出による一審原告の損害については、昭和三七年一一月一一日一審原告会社の取締役会において、取締役全員に責任があることを認めたうえで、一審被告については報酬月額の半分の二〇ヶ月分を辞退し、訴外会社に対する会社の貸し倒れ債権中金二五〇万円を同額の代金で買取る形式をふんで弁償し、山内については右同様の形式により金五〇〇万円を弁償することによつてそれ以上の責任追求はしないことが承認議決され、右決議は同年一二月五日の臨時株主総会の決議で承認された。次いで、昭和三八年五月三〇日の第一六期定時総会で右議決の趣旨にしたがい前記貸し倒れによる損失は会社資産をもつて償却することが承認され、その後第一七ないし第一九期定時総会において各会社資産による償却が認められて経理上の後始末もすみ、一審被告の賠償責任の事実上の必要も消滅した。

二  かりに、一審被告に賠償義務が残存していたとしても、請求原因2の(一)、(二)の事実については各該当年度に関する定時総会において、同(三)の事実については昭和三八年五月三〇日の定時総会において、いずれも計算関係書類承認の決議がなされ、右総会後二年内に株主総会における別段の決議がなされていないので、商法第二八四条により一審被告らの責任はすべて解除された。

三  一審原告

右一、二の主張は否認する。

一の事実のうち、一審被告主張のような処分と弁償がなされたこと、第一六ないし第一九期の各定時株主総会でその主張のような資産償却がなされたことは認めるが、これらは一審被告の責任解除とは関係がなく、単に社内経理上償却されたものにすぎない。

三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二請求原因2の(一)、(二)の主張について検討するに、当裁判所は一審原告の右主張は本件全証拠によるも未だ実損害を確定することができず、ついに、これを採用しえないものと判断するが、その理由は次のとおり付加、訂正するほか、原判決理由説示(原判決八枚目表四行目から一四枚目裏七行目まで)のとおりであるからこれを引用する。

1  原判決九枚目表一行目の「第三七号証」の次に「第四三号証」を加える。

2  原判決一一枚目表一〇行目と同一二枚目表三行目に「一八〇〇万円」とあるのを「一二〇〇万円」とそれぞれ改める。

3  原判決一二枚目裏二行目の「ところで」から同一三枚目表六行目の「証拠がない」までを次のとおり改める。

「ところで、<証拠>によると、正規の手続で支払われた本来の取締役報酬総額は、昭和三一年度が金九二七万七〇〇〇円、同三二年度が金一一一四万五〇〇〇円、同三三年度が金一六八七万八〇〇〇円、同三四年度が金一八六〇万円、同三五年度が金一七二二万一〇〇〇円、同三六年度が金一七〇六万円、同三七年度が金一四九〇万六〇〇〇円であるが、これに臨時賞与金、一審被告が役員に分配したものとして刑事事件で起訴された金額、公租公課として支出された金額のうち役員賞与金として国税局から認定された金額等を役員報酬と同性質のものとして加算すると、前認定の昭和三二年度以前が金一二〇〇万円、昭和三三年度以降金一八〇〇万円の役員報酬限度額に対し、昭和三一年度が金四二〇万八〇〇〇円、同三二年度が金六六七万七〇〇〇円、同三三年度が金一〇九万六〇〇〇円、同三四年度が金二八四万四〇〇〇円、同三五年度が金四〇七万三〇〇〇円、同三六年度が金三七二万九〇〇〇円合計金二二六二万七〇〇〇円の超過が認められるけれども、右加算金額についてさらに仔細に検討してみると、公租公課として支出された勘定項目でこれを役員賞与金と同質であるとする根拠としては、かつて国税局が利益処分であると認定した金額であるというのみで、その全部が利益処分たる賞与の性質を有するものか、或いは後記認定のいわゆる架空支出に併う税額負担分なのか同証言を以てしてもつまびらかにしえないのであり、また前認定のとおり、期末褒償金の支給は昭和二三年ころから慣行的に行われていたのを同三五年に「債権管理者要綱」において右慣行が明文化された別枠の措置であることを考慮すると、右認定に反する同証人の供述はにわかに信用することができない。

ゆえに前記支出合計額二二六二万七〇〇〇円をもつて役員報酬限度額を超過するものと所定することはできず、他に前記各年度の超過額を確定するにたりる証拠はない。」

三請求原因2の(三)の主張について

1  訴外山内一雄が一審原告会社の取締役であつて一審被告から一審原告会社名義の手形を振出す権限を付与されていたこと、訴外大徳水産株式会社が一審原告会社の子会社であること、山内が右訴外会社に昭和三七年四月三〇日から同年八月二五日までの間に一審原告主張の手形六〇通(手形金合計六六三〇万円)を貸付けたこと、右訴外会社が一審原告に金二三九万九五〇〇円を返済したことは当事者間に争いがない。

2  そこで、一審原告の主張するように、右山内の手形貸付およびこれを容認した一審被告の行為が取締役としての忠実義務に違反するかどうかについて検討する。

<証拠>を総合すると、訴外大徳水産株式会社は、もつぱら一審原告会社の荷揚高を増大させるために設立された子会社であつて、一審原告としては、その株式の過半数を持ち、資金、人事面を通じて同会社の実権を掌握していたところ、昭和三七年四月ころ、一審原告は右訴外会社の資金繰りが逼迫しているとの情報をえて直ちに調査を開始したところ、訴外会社は融通手形を濫発し破産に瀕する経営状態であることが判明した。そこで、当時一審原告会社の専務取締役として実資的に会社業務の執行に関与したのみならず、代表取締役社長であつた一審被告から一審原告名義の手形行為一切の権限を付与されていた山内一雄は、調査室に対し訴外会社に対する管理、監督を強めると共にその対応策を立案するように指示した。調査室からは同年七月ころ、その対応策として訴外会社に対する援助を直ちに打ち切り、同会社を他社に身売りするなどして自社の投、融資分を幾らかでも回収し、蒙るべき損害を極力おさえるという消極案と、それに対して、同年九月以降に到来する盛漁期まで会社運営のためのつなぎ資金を融資し、豊漁に遭遇して一気に経営の好転を計ろうとする積極案の二案が提出された。当時は全般的に不漁の時期でもあり、しかも訴外会社の漁法が旋網漁業という投機性の強いものであつたので、積極策に出ることはかなり危険をともなうものであつたが、一審原告としては、すでに訴外会社に多額の融資をしているのにそれに見合う物的担保を確保しうるような状況でもなかつたので、消極策をとつて直ちに訴外会社を破産に至らせた場合の膨大な損失をおそれ、また営業部門では強気の意見が多数を占めていたことをも参酌し、訴外会社に対する管理を強化すると共に残つた船舶や動産などの担保もできるかぎり徴する方針のもとに積極策を採択し、同年八月二五日まで一審原告名義の約束手形六〇通(額面総額金六六三〇万円)を交付して融資を継続した。しかるに、一審原告の経営管理が軌道に乗らないうちに、訴外会社は、一審原告より融通手形の濫発、市中のいわゆる闇金融の利用等をかたく禁じられていたのに社長徳山長市がひそかに市中の高利貸から千数百万円に及ぶ金融を得ていたことが発覚したこともあつて、期待する盛漁期の到来をまたず同年九月四日ころには事実上倒産し、一審原告においては融通した手形金全額の支払を余儀なくされ、最終的に一審原告が訴外会社から返済を受けた金額は僅かに金二三九万九五〇〇円にすぎなかつた。以上の事実が認められ、右認定を左右するにたりる証拠はない。

ところで、およそ、商法第二五四条の二が定める取締役の忠実義務は、取締役が会社に対して負担する委任関係から生ずる善管義務(同法第二五四条第三項、民法第六四四条)を具体的注意的にふえんして規定したにすぎないものであつて、これとは異質の高度の注意義務或いは結果責任を課するものでないのはもとより、企業は本来自己の責任と危険においてその経営を維持しなければならないものであるから、親会社の取締役が新たな融資を与えることなくそのまま推移すれば倒産必至の経営不振に陥つた子会社に、危険ではあるが事業の好転を期待できるとして新たな融資を継続した場合において、たとえ会社再建が失敗に終りその結果融資を与えた大部分の債権を回収できなかつたとしても、右取締役の行為が親会社の利益を計るために出たものであり、かつ、融資の継続か打切りかを決断するに当り企業人としての合理的な選択の範囲を外れたものでない限り、これをもつて直ちに忠実義務に違反するものとはいえないと解すべきである。

これを本件についてみるに、前認定事実によれば、山内一雄は一審原告会社の業務執行機関として、破綻に瀕した訴外会社に対し倒産を招くことを承知のうえで直ちに融資を打ち切るか、或いは多少の危険は覚悟しても漁期までのつなぎ資金を融資することによつて経営の好転を期す機会を持つかどうかの選択に迫られ、部内の意見をも徴したうえ積極策を採択して、訴外会社に対する管理を強化すると共に担保権を確保するための努力も講じてはみたが、期待していた盛漁期が到来する前に大徳水産が事実上到産したものであつて、その経営判断の甘さを指摘される余地があるにしても、一審原告の親会社としての立場から、豊漁期の到来するまでつなぎ資金として融資を継続しようとしたことは、あくまで親会社のためよかれとしてしたことで、企業人としてそれなりの合理的選択の範囲を外れたものとは認め難く、それが期待を裏切られ結果的に会社に損失を生ぜしめたとしても、これをもつて直ちに取締役の忠実義務違反として指弾するのは相当でないというべきである。

しかして一審被告は当時一審原告会社の業務を専決執行すべき代表取締役社長として専務取締役である山内一雄の業務執行を指導すべき立場にあつたものではあるけれども、右に説示したとおり、山内に対し取締役としての忠実義務違反を問うことができない以上、一審被告に対しても同じく代表取締役としての監督責任ないし取締役としての忠実義務違反を問える筋合のものではないというべきであり、従つて一審被告に対して損害の賠償を求める一審原告の本訴請求は既にこの点において失当である。

四以上の次第にてその余の点を判断するまでもなく、一審原告の本訴請求は理由がないから一審原告の控訴を棄却し、一審被告の控訴にもとづき右と異る原判決中の一審被告敗訴部分を取消し、一審原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(高石博良 鍋山健 足立昭二)

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